吉田稔麿、生きていれば首相だっかかも?瀬戸康史くんカッコ可愛い件
みなさん、こんにちは親父です。
今日は吉田稔麿について親父の歴史トークをしたいと思います。
吉田稔麿、松陰の意志を継いだ熱い男
萩藩の軽卒・吉田清内の嫡子として生まれる。稔麿は吉田松陰が教える前身の松下村塾に通っていた。稔麿は無駄口を利かず、眼光鋭い少年であったという。雅号は風萍軒(ふうひょうけん)。宝蔵院流の槍術と柳生新陰流の剣術を修める。
新陰流と言えば、柳生宗厳や柳生十兵衛などの剣客で知られる柳生一族が生み出した江戸時代最強の剣技ですよね。
かなり強かったんでしょうね〜。
彼は松陰が安政の大獄で散ったあと、高杉晋作の奇兵隊にも参加。
松陰の意志を継いで尊王攘夷活動を活発化させていきます。
武術だけだではない、知才にも恵まれた男
謹直重厚な稔麿を吉田松陰は高く評価し、高杉晋作や久坂玄瑞と同じく高く彼を評した。
松下村塾で学んだ維新の元勲・品川弥二郎(やじろう)は後に彼を、
『稔麿が生きていたら総理大臣になっただろう』と評した。
池田屋事件に散る。無念な24年の生涯
1864年7月8日(元治元年6月5日)に、京都三条木屋町(三条小橋)の旅館・池田屋に潜伏していた長州藩・土佐藩などの尊王攘夷派志士を、京都守護職配下の治安維持組織である新撰組が襲撃する。
稔麿の死亡説は三つあり、
一、新撰組との激闘の末、討死という説。
二、難を逃れ長州藩邸に辿り着くも開門されず切腹という説。
三、池田屋襲撃を聞き長州藩邸から武装して援軍に向かうも、会津藩兵と遭遇し戦闘の末に討死の説。
さて、どの説が採用されるかはその作品の監督次第でしょうけど
やっぱり剣豪だったら、沖田総司との決闘とかで惜しくも破れたり・・なんて最期だったらいいな。
2015大河ドラマ花燃ゆ 瀬戸康史演じる吉田稔麿
このドラマは吉田松陰をすごくカッコいい人に祭り上げる為に、
松下村塾の志士達はちょっと頼りなくて、なんだかなぁーと思わせる。
瀬戸康史さん演じる吉田稔麿もその一人で、陰が薄い。
彼は2014年フジテレビドラマ『ロストデイズ』で最初は頼りないながらも、
ハートの熱さで困難を乗り越えて行く男を演じていたのを親父は知っている。
だからこそ、吉田稔麿もそのように成長するキャラとして描かれているんだと思う。
居酒屋トークの一言
吉田稔麿、”としまろ”って読むんだよ。
コキマロじゃないよ!(下ネタかぁ!?)
ではまた次回(笑)
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